精霊の働くすまいって?

今日はまったりと過ごしていました。

ふと「タオの暗号」という本を手に取りパオパラめくっていました。

私の好きな本の一つです。

ここにはある中国の民族について書かれています。

彼らの住む家は、いつも新築のような真新しい美しさがあるそうです。

彼らは住居を精霊の場と考えるため、常に家を新しく保つそうです。

部分を新しく取り替えることができる仕組みになっていて、夏至と冬至の前には、新たに取り替える習慣があるそうです。

生命体が常にあたらしい細胞に入れ替わるのと同じように、空間も自然のリズムで入れ替えていくものと考えているのかな。

彼らは、家を建てる時、まず中心の柱を設けて、そこに精霊の降臨する儀式を行い、後からすまいを形作るそうです。

「精霊の働く場、精霊の宿る場である空間に、精霊の仮の姿である人間も住まわせていただく」というのが、建築概念になっているんだって。

だからなのか、彼らのすまいは、いつも真新しく、不思議な懐かしさとあたたかさを感じるそうです。

精霊が降臨するってどんなのかな?・・・

私は、ふと木を思い出しました。

何かが宿っているような木は、生命力を感じたり、優しく寄り添ってくれるようなことがありますが、交流すると温かい気持ちになったり、元氣になります。

神が宿る神社も連想しました。

日本の神社は真新しいというよりは、苔が生していたりして美しいですよね。

最近行った奈良の室生龍穴神社の鳥居なんて、すごく神聖でキラキラした苔が生えていました。いつも足を運んでいる熱田神宮も苔が生している鳥居がありますが、そこはホッとします。

お寺では、建物の木が細かに交差して釘などを使わずに組み立てられている匠の技に、感動したりします。

入れ替えとはまた違った、長く保たれ、守り続けることで出てくる味わいの文化が、日本の美しさを現していますよね。

どちらにも共通するのは、万物の根源にある氣を大切にしていることだと感じます☺️素敵ですよね♪

「どんな認識の上で創造するのか」

私たちも、日常でほんのちょっとのことで、同じ物を作っても違いが現れたりします。同じ仕事をしても全然違っていたり。

血が通っているというのかな。

日々の生活がいつもそうでありたいのだけど・・・

想いや意識を氣をつけてはいても、なかなか氣を巡らせたり、扱えない自分がいて、もどかしいのです。

中国の彼らは、自身の輝きが衰えたと感じるとき、まず精霊の働きを働けなくさせてしまった自身の心のあり方を振り返ろうとするそうです。

純粋無垢な花の精たちと交流することで、精霊本来の働きを取り戻そうとするそうです。

これこそ、私がいつもセッションなどでお伝えしたい「整える」行為の本質的な部分だなあ、と思うんです。

彼らは信仰心があるのね、と一口に言ってしまうのか、

おそらく認識そのものが何か違うのだと感じます。

使わせていただく、使っていただく。そこに「私」がないというのか。

うまく言えないけど私自身は「私」の代わりに「尊ぶ心」はあるかな?と考えてみると、まだまだ無私には、ほど遠く感じたりして。

まだまだだなぁ…と思いながら、謙虚さすらも見失いかけていたりする、このどうしようもなさに、笑ってしまう。

そんなのも好きだけどね。

天に使ってもらえるような人になりたい。

そんなこと言ったら、変かもしれないけど、せめて、尊敬する誰かや大切な人に使ってもらえるような自分でいたいと思います。

毎日が反省、修正の繰り返し。

さて、今夜もこれからセッションです。なんと、伊勢神宮帰りの人。嬉しいな♡巡り合わせが本当にありがたいです。

もうすぐ夏至ですが、皆さんはどんな入れ替えをするのかな?

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